BLOG 【店長の自由帳】

2026/06/11 09:32

最近よく聞くんです。


AIが発達すると、人間は自分で考えなくなる」


確かにそう見える場面もあります。


文章はChatGPTが書く。

検索はGeminiがする。

分析はNotebookLMがする

プログラムやコーディングはClaude codeが組む。

全部AIがやる。

 

そのうち人間は要望だけ伝えてボタンを押すだけになるんじゃないか。

そんな話です。でも、それを聞くたびに違和感を感じます

 

昔、そろばんが主流だった頃。

電卓が出てきました。

その時もきっと、

「これでは人間の計算能力が落ちる」

と言われたと思うんです。


実際問題、暗算能力は落ちたでしょう。

僕も二桁の掛け算を暗算しろ、と言われると無理です。


でも人類全体の計算能力は落ちたでしょうか。

むしろ逆です。

昔なら一日かかった計算を数分で終わらせるようになった。

そして人間はもっと複雑な問題を考えるようになった。

 

かな漢字変換も同じで昔より漢字を書けなくなった人は多いと思います。

僕も読めるのに書けない漢字だらけ。

でもその代わり、昔より圧倒的に多くの文章を書き、読み、

それを通じて多くの情報共有を行うようになった。

 

能力が消えたというより、能力の使い方が変わった。そんな感じ。

 

インターネットが出てきた時も似た話がありました。

検索すれば何でもわかる。

だから人間は物を覚えなくなる。

実際、その通りな部分もあります。

 

電話番号を覚えなくなった。

地図を覚えなくなった。

 

でも知的好奇心はどうだったでしょう。

一つ調べると次が気になる。また次が気になる。

気付けば深夜1時に古代ローマの水道設備について読んでいる。

知識を失ったというより、知識への入口を大量に手に入れた。

 

近年のAI事情も同じだと思うんです。


最近読んだ論文では、

AIが賢くなりすぎると、人間は学ぶことをやめ、

社会全体の知識が痩せ細る可能性があると指摘していました。


確かにその危険性はあると思います。

答えだけを受け取る人は増えるでしょう。


でも僕はまったく違う未来を見据えている。

人類の歴史を振り返ると、哲学者ソクラテスがいた時代から、

人間はずっと考える生き物でした。


当時の人々も、「人はなぜ生きるのか」「正義とは何か」

そんな面倒くさい問いを考えていた。

やがて時代が進み、人々は空を見上げて、


「太陽が地球の周りを回っている」と考えはじめました。いわゆる天動説です。

ところが後に「いや、地球の方が太陽の周りを回っている」という地動説が現れる。


普通に考えれば、そこで答えが出たんだから考えるのをやめてもよさそうなものなのに、

人類はそうしなかった


今度は「じゃあ宇宙ってどう始まったのか」「宇宙の外には何があるのか」という

新しい問いを生み出した。


農具が進化しても。

印刷技術が生まれても。

蒸気機関ができても。

電卓が出ても。

インターネットが出ても。

人間は考えることをやめず、こんな時代にまでやってきた


計算を機械に任せたら、もっと複雑な計算を始めた。

知識を検索できるようになったら、もっと深い情報サーフィンをするようになった。

ひとつの答えを手に入れるたびに、その先にある新しい問いを見つけてしまう。

それが人間という生き物なんだと思います。


だから僕は、どうもAIによって人類の知能が衰えるとは思えないんです。

むしろ逆のイメージです。AIによって答えを手に入れる速度が上がるほど、

人間はさらに面倒くさい問いを考え始める。


「どうやるか」ではなく、

「なぜやるのか」。


「何が正しいか」ではなく、

「そもそも正しさとは何か」。


「この問いに対する答えは」ではなく、

「その問いの定義とは」。


そんな方向へ向かっていく気がします。


実際、僕自身もAIを使うようになってから、考える時間が減った感覚はありません。

むしろ増えました。

文章を書く。

商品を考える。

事業を考える。

企画を考える。

その途中でAIに相談する。

すると答えが返ってくる。


でも不思議なことに、そこで終わらないんです。

「じゃあこれは?」

「もし逆だったら?」

「この場合は?」

次の問いが生まれる。

また問いが生まれる。

気付けば思考の渦に入っている。


どうやら人間の好奇心ってものはおさえることができないようです。


2000年以上前に哲学者ソクラテスが考えていた時代から、

人間の本質的な部分ってあまり変わってないのかも・・・。


と、ここまで壮大な話をしてきましたが、

実際の僕はこの記事を書きながら、


「今日はジムに行くべきか、行かずに帰ってビールを飲むべきか」


を真剣に考えています。

哲学者への道はまだまだ遠そうです。




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